2012年8月、私は、東京大学本郷キャンパスの近くにある「-Social Cafe-Sign with Me」に初めて足を運んだ。階段を2階に上がり、ドアを開くと「ありがとう」「おいしかった」等、来店されたお客様がお店やスタッフへの感謝の言葉や要望を壁一面に書き込んだ大きなホワイトボードが目に入った。また、店に入るとお店のスタッフからの挨拶がなく、代わりにそばに駆け寄ってきてくれ、注文の仕方が書かれたボードを持ちながら身振り手振りで教えてくれた。 とても新鮮な感覚に包まれたことを今でもよく覚えている。ここは手話によるコミュニケーションを前提としたお店なのだ。私は、一通りの注文を済ませ、席に着き、周りを見渡してみた。笑顔で手話で話す女の子たち、美味しい食事に何気ない会話を楽しむカップル等、温かい空間の中で、ろう者も聴者も(*)それぞれ充実した時間を過ごしていた。私自身、1時間程... 続きを読む
Archive for the ‘起業家’ Category
ユニクロが生まれ、世界企業になった理由。-誇大妄想というほどの巨大な夢と圧倒的な読書量-
6月 30日 | 投稿者:Ryojiro Yamamoto | 成長企業研究, 書評, 起業家『柳井正の希望を持とう』 柳井正著(朝日選書、2011年) ユニクロについて、オーナーでありCEOでもある柳井正氏について、今さら説明はいらないだろう。しかし、この僅か200ページ余りの新書には、人口17万人の小さな地方都市で生まれた一商店が、なぜかくも世界中で愛され、今もあくなき拡大を続けているのか、その理由と秘密が、余すことなく語られている。 柳井氏は大企業を受け継いだ御曹司でも、エリートコースを突き進んできた人間でもない。縁故で入った会社を9ヶ月で辞めて宇部に出戻り、父親が経営する2つの店を任されただけの、「町の紳士服屋の主人」でしかなかった。しかし、既製服の仕入れと販売という非効率な商売の中で、徐々にベーシックな商品に対する期待を抱くようになり、品質の良い商品をリーズナブルな値段で毎年売っていくことができれば儲かる、と考え始めるようになる。地方での、さして競争力もない... 続きを読む
日垣隆全巻所収『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』を読む。
6月 6日 | 投稿者:記者 | 書評, 起業家, 電子書籍『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』 日垣隆著(講談社、2011年4月) 『こう考えれば、うまくいく。』『少年リンチ殺人―ムカついたから、やっただけ《増補改訂版》』『勝間和代現象を読み解く』『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』の4冊を、続けて読む。視点や切り口が鋭く鮮やかであることに加え、どのテーマも、著者が深く、長く思考を重ね続けてきたものばかりであり、その年輪が、一つ一つの文章に特別な力を与えている(勝間和代~は比較的最近の現象を小冊子にまとめた、他3冊に比べると軽めのものではあるが、家族や離婚、女性の仕事などについて、同じく著者の、深く、長い思考の跡が読み取れる)。 日垣氏の本を読もうと思ったきっかけは、当書店の店主が始めたツイッターを覗き見ていたところ、たまたまタイムライン上を著者の「武勇伝」が通り過ぎ、何かな?と単純、... 続きを読む
有り得ない程の交渉力と成功 -その源泉は?
6月 2日 | 投稿者:博士 | 起業家 タグ: アップル, スティーブ・ジョブズ, 交渉術『スティーブ・ジョブズ 神の交渉力』 竹内一正/著 簡単に前言を翻し、相手を落とし入れ、義理などに微塵もとらわれず、相手の言い分は一切受け入れない… 本書は表面的にはスティーブ・ジョブズの、特に破天荒な交渉エピソードに主眼を置いた半生記である。具体的に交渉技術を解説したものではなく、従って読んでもすぐに交渉やプレゼンのレベルアップに役立つものではない。 しかしながら、ジョブスが交渉において神懸り的な力を発揮し、成功を掴み取ってきた力の源泉は何か?それは人々をあっと言わせたいという心からの欲求であり、それを実現するための圧倒的な執念であり、空間軸も時間軸も含めたビジョンのスケールの大きさである。 本書のエピソードからこれらを読み取るとき、能力やその発現としてのパフォーマンスにおける、想い、姿勢、ビジョンの重要性に気付かされる。 ビジネスパーソンとしての在り方を改めて考えさせられる一冊である。... 続きを読む
自由な市場経済で多くの人々はより良くなるか
3月 17日 | 投稿者:博士 | 起業家『競争と公平感 市場経済の本当のメリット』 大竹文雄/著 (中央公論新社) 「市場による自由競争によって効率性を高め、貧困問題はセーフティネットによる所得再分配で解決することが望ましい」。これはどんな経済学の教科書にも書かれていることであり、そしてほとんどの経済学者が豊かさと格差解消を達成できると考えている組み合わせである。 それが日本では通用しない。アメリカの調査機関ピュー研究所によるグローバル意識調査(2007年)において、「貧富の差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる」という考え方に賛成する人の割合は、多くの国で70%を超える(アメリカ、イギリスのほか、インド、韓国などのアジア諸国においても)。しかしながら日本での数値は49%であり、ドイツ(65%)やフランス(56%)といった比較的市場に対する信頼の低い大陸ヨーロッパ諸国や、中国(75%)、ロシア(53%)とい... 続きを読む
芸術家のための起業論、起業家のための芸術論-作品が16億円で落札されるまでに-
2月 25日 | 投稿者:Ryojiro Yamamoto | 書評, 起業家『芸術闘争論』 村上隆 著 2008年5月、ニューヨークのサザビーズで、村上隆氏による等身大フィギュア「マイ・ロンサム・カウボーイ」(1998年制作)が約16億円で落札された。本書の前著にあたる『芸術起業論』(幻冬舎、2006年)には、当時1億4,400万円で落札されたペインティング「NIRVANA」が、「日本人の一つの芸術作品としては史上最高額の価格」と書かれているので、その後の2年間で世界的評価がより一層劇的に高まったことが窺える。昨年は、賛否を呼んだベルサイユ宮殿での展覧会もあった。 自らの耳を削いでまで芸術に命を賭けたゴッホの時代と同様に、村上氏も36歳頃まで「コンビニの裏から賞味期限の切れた弁当をもらってくるような」生活をしていたという。芸術的才能が世に出るまでには長い雌伏の日々があり、加えて金余りの現代には、芸術家は豊かさとも闘わなければならず、「芸術家の実践... 続きを読む