大竹文雄「労働経済学入門」

1月 22日 | 投稿者:T. H. | 書評
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978-4-480-06727-2本書は労働経済学の基本的な理論を説明したものであり、基礎的な経済学ではとらえきれない労働を考える方法を提示している。本書を読み進めることで、労働市場に対する理解が深まり、年功賃金や終身雇用といった日本的雇用制度の変化や、学歴間・産業間・企業規模間・男女間で生じる賃金格差の原因などを理解することができる。

本稿では、執筆現在において話題になっているベースアップをめぐる労使間の交渉がもたらす影響について、本書を参考に述べる。雇用と賃金に関する結論は、ベースアップが達成された場合、組合のある企業の雇用者の所得向上をもたらす一方で、非組合員の失業者から就業機会を奪い、非組合員の所得低下を招きうる、ということである。

労働組合が組合に所属する雇用者の賃金引き上げだけを目標にしているとすると、組合のない競争的な労働市場であればせずに済んだ失業が発生する。これは、組合が組合員の賃金向上を求めるため、失業中で賃金が低くても雇用してほしい非組合員の賃金引き下げ要求を排してしまい、組合の外にいる失業者が雇用の機会を奪う、ということである。つまり現在の賃上げは、雇用者が自分たちの所得向上のために、失業者から就業機会を奪いうる、と捉えられる。これは、インサイダー・アウトサイダー理論といわれており、ヨーロッパ失業問題を説明する際に用いられることがある。

賃金に関しても、組合企業で高い賃金が獲得されると、利潤最大化を目指す企業は、新規雇用に慎重になるだけでなく、現在抱えている雇用者を減らす方向で行動すると予想される。これにより、非組合企業で働かざるを得ない労働者が増える。非労働組合企業における労働供給の増加は、非組合企業の賃金を低下させる方向に働く。仮に企業の労働需要が増えないのであれば、非組合企業の賃金は減少することになる。つまり現在の賃上げは、組合に所属する雇用者が自分たちの所得向上を、非組合員に所得減少という形で押しつけている、と捉えることもできる。

また、経済の効率性に関しては、労働組合が企業と交渉すると、パレート効率的な均衡を達成しうるが、資源配分の効率性を損ねる。

前提として、労働組合は組合員の賃金と雇用量が増加することで効用(嬉しさの度合いと捉えてもらって差し支えない)が増加し、企業は売上から労働者への賃金支払いなどを除いた利潤が増加することで効用が増加する、とする。

労働組合と利潤をあげている当該企業の話し合いをすることにより、一方の効用水準を下げることなく他方の効用水準を上げることができないという、相手に損をさせずに自分の利益をこれ以上拡大できない「パレート効率的」な均衡を達成できる。

一方で、労働組合が無い競争的な労働市場において成立する賃金や雇用量の組み合わせである競争均衡から外れてしまい、労働組合をもつ企業は、競争均衡と比較してより高い賃金とより多くの雇用者を雇用する負担を負うことになってしまい、資源配分の効率性を損ねる。

このように、本書を活用することで、労働分野の動きがもたらす影響を複眼的に捉えることができるようになる。少なくとも、ベアが達成されて賃金が増加すれば、消費が増加して日本経済が回復するという、執筆現在において頻繁に聞く議論を、批判的に捉えるきっかけを提供してくれた。

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