出井伸之氏インタビュー
[更新日2010/06/01]
「非連続の飛躍 ~ソニーの成長とクオンタムリープの挑戦~」第4回
聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎
1995年4月から10年間に渡って、グローバル企業であるソニー株式会社をはじめとする、ソニーグループを率いてきた出井伸之氏。CEOを退任後、2006年9月にクオンタムリープ株式会社を設立し、事業創造への仮説や成長機会をグローバルな視点で捉え、日本とアジアの飛躍的な進化を掲げて国際的に活躍されています。インタビューでは、井深大氏や盛田昭夫氏のお話をはじめ、ソニーがどのようにして世界的企業へと発展したのか、トップとしてどのような視点で経営されてきたのか、また日本の未来やクオンタムリープでの取り組みなどについてお聞きしました。
■一度ファウンダーをやってみたかった
─ 『
日本進化論』では、『
貞観政要』(※23)の中の「草創」という言葉を引きながら、2005年に創業されたクオンタムリープについて書かれています。起業において大変だったことなどがありましたら、教えて下さい。また、これから特に力を入れ、取り組みたいことがありましたら、教えて下さい。
ソニー時代は、プロの経営者として、プロフェッショナルの経営チームを作るということに邁進していましたが、一方でファウンダーの求心力の強さを思い知らされもしました。ファウンダーにしか出せない安心感や、経営との距離感の難しさ等、色々なことを感じました。
僕は、やっぱり、一度ファウンダーをやってみたかったんですね。だから、クオンタムリープを自分で作って、自分がファウンダーとして求心力を持ってやることにしました(※24)。それと、大企業の経営を経験しましたが、ゼロから作ったわけではない。銀行でも何でも全然付き合い方が違います。ゼロから起業して、ベンチャーの経験をしてみると、ベンチャーの人が本当に何に困っているのかということがよく分かりました。いい勉強をしています。
僕はソニーのCEO時代から、中小企業経営者の方々とプライベートで定期的にゴルフをやっています。ベンチャー企業や中小企業の経営者の方々からのインプットは自分にとって目からうろこの話が多いのです。それがなければどうなっていたか、怖くなる場面は一つや二つではありません。僕には大企業の視点はあるけど、中小企業の視点はまだないと思います。そういう意味では、意見を聞けるチャネルをもっている、コミュニティをもっているというのはすごく必要なことですよね。ベンチャー企業と大企業の両方の経営を経験している人って意外といないでしょう。
僕は日本の経営者にも卒業したらベンチャーを助けるようなことをしてくれないかなって思っています。あるいは、卒業する前にコーポレートベンチャーをしてくれないかなと。卒業したら、自分の経験を人に移すようなことをして欲しいですね。日本の経営者は、欧米のように資金的な支援をするほど、あまりお金に恵まれていないから、時間とか経験とかを移してくれないかなと思っています。僕はひとつのロールモデルになれたらと思ってやっています(※25)。周りの人々が僕を見る目はまだまだ怖いものを見るような感じですけれども、ちょっとは「こんなやり方もあるんだ」という刺激につながっているんじゃないかなと思うんです。起業は想像しているよりもチャレンジだと思いますよ。僕は面白いと思いますね。
■本は絶対になくならない
─ 当サイトは、ベストセラーコミックの販売では大手書店などを凌ぐ実績のある、弊社投資先のインターネット書籍販売サイト『
漫画全巻ドットコム』と提携しています。一方、電子書籍端末は、「リーダー」「キンドル」「iPad」などで大きく変わってきています(※26)。出井さんはソニーのCEO時代、インターネット時代に向けた大きな構想を描き、事業戦略を立てられています。そのようなご経験と視点から「書籍マーケット」の今後を見据えた時、どのような変化が訪れるとお考えでしょうか。
要するに新しいメディアがもう一つできたってことですよね。本がなくなることはありませんが、本のあり方は変質してくるはずです。普通、本はそれだけで完結しているように思っていますよね。だけど、今ならもっとネットと連動するような本を出したら面白いと思います。例えば、『
ビジネス書全巻ドットコム』で本の自分の読みたいところをキーワードで検索できるようにするとか。ネットを使っていると本がものすごく読みやすくなるような、そんな工夫ができないかなと思います。本に引くアンダーラインのところだけがコンピューターに入っていくというのも良いと思います。
※23 中国、唐の史官である呉兢が編成したとされる太宗の言行録。「貞観の治」といわれ、最も栄えたとされる貞観時代の政治の要諦をまとめたもので、全十巻四十篇からなる。リーダーの心構えや組織活性化の教科書とされる。
※24 クオンタムリープは、「新産業・新事業の創出」と「リーダーの輩出」を目指し、志を同じくする新興企業、大企業、外資系企業などを対象に、同社のグローバルなネットワークを活かし、3つのコアサービスを提供している。3つとは「イノベーション・コンサルティング」「イノベーション・コミュニティ」「成長投資」である。
また、外部と積極的なアライアンスを推進し、2009年10月には、シャープやソニーの出資も仰ぎ、I³(アイキューブド)株式会社を設立。オープンな研究開発プラットフォームとして、画像の高画質化技術を核に製品化・事業化を共同で目指す体制を構築した。また、100%出資の特定目的会社クオンタム・エンターテイメントによる吉本興業のTOBを実施したことは記憶に新しい。
詳細は
同社HPを参照
※25 クオンタムリープでは、ベンチャー企業の成長や次代のリーダー育成を目的に「クオンタムリープ・クラブ100(club100)」「鯉のぼりの会」という2つのコミュニティを運営している。
「club100」は、次世代を担うリーダーの育成と新しい事業の仮説作りを目的とした場。会員は、クオンタムリープが独自の基準で厳選している。大企業、中堅企業、外資系企業、老舗企業を含む幅広い業界からの法人会員と、日本をリードするビジネスリーダーや文化人、研究者などの個人会員により構成されるクローズドな組織。
「
club100」
「鯉のぼりの会」は、クオンタムリープの理念に賛同するベンチャー企業の起業家や経営者が集う“ベンチャー企業の会”。毎回、出井氏をはじめとした熟練経営者や先輩起業家、専門家(コンサルタント、ベンチャーキャピタル、弁護士、会計士など)を交えて活発な議論が交わされている。有望なベンチャー企業が世界へ羽ばたくための育成の場と位置づけ、参加するベンチャー企業の成長やビジネスの発展に役立つことを目的としている。
「
鯉のぼりの会」
※26 電子書籍市場については、電子書籍の衝撃全巻を参照。