渋澤健氏インタビュー
[更新日2010/04/14]
「次世代に紡ぐ想い。~滴から大河に。渋沢栄一の教え~」第2回
聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎
日本資本主義の父といわれる渋沢栄一(※1)の五代目にして、新しい資本主義の在り方を社会に問い、「滴から大河に」(※2)を実践する渋澤健氏。30年先を見据えた長期投資を掲げ、2008年9月にコモンズ投信を立ち上げました。次代に向け、渋澤氏は何を思うのか。また、渋沢栄一の「論語と算盤」を読み解いた渋澤氏の経営思想をお聞きしました。
■次の世代に想いを残していきたい
―そのような大きな時代背景のなかで、2008年9月にコモンズ投信株式会社を設立され、年が明けた2009年1月にコモンズ30ファンド(※4)を設立されました。コモンズ投信については、いつ頃から構想されていたのでしょうか。
40歳過ぎぐらいからですね。それまで自分が体験してきた仕事がベースになったことはもちろんですが、プライベートで感じたことが影響して、それがコモンズに集約されたんだと思います。
私は、これまでずっとインベストメントバンクやヘッジファンドで運用の仕事をしてきました。先程の20世紀についての話のように、無駄を省いて、合理性を追求し、ファンドの価値を高めることをしていたんです。20代、30代は、運用の世界で自己を高めてきたわけです。プライベートでは、40歳になる手前で長男が生まれ、その後、次男、三男が生まれました。いつだったか、子供たちが20歳、つまり大人になる頃、自分は何歳になるのだろうとふと思ったんですね。60歳になるのか、還暦じゃないか、と。ちょうど、シブサワ・アンド・カンパニーとして独立した時期と同じタイミングで子供に恵まれたのですが、自分の人生を振り返ってみたときに、「これまで大したことはやってこなかったんじゃないだろうか。人生半分終わってしまったんじゃないか」と考えさせられました。
そんなときに目覚めたのが、長期投資でした。「次の世代に自分の想いを残していきたい」と考え、子供の名義で積み立て投信を始めたんですね。別にたくさんのお金を残すということが目的ではなく、生まれたときから毎月定額で、少しずつ積み立てようと考えたのです。子供が20歳とか30歳とか大人になったときに、「留学に行きたい」「会社を興したい」と言われたら、「これを使えよ。このお金は、実はお前が赤ん坊の頃から積み立ててきたんだ」と言って、お金を渡せるようにしたいと思ったんです。「たまたま残ったお金ではなくて、意図的に君のためにずっと積み立ててきたものなんだよ」と。そういったメッセージを込めたいと思ったんです。金額の多寡ではなくて、「そんなことをしてくれていたのか」という発見や気づきによって、メッセージが伝わればいいなと期待しています。
そのとき初めて、お金には色がないと言うけれど、そんなことはないと思ったんです。「資本に想いをつなげて、紡いでいくことができるんだ」と。私は、自分の存在も大切だけれど、自分の次の世代、自分がいなくなったとしても、子供や孫、誰か大切な人に人生を楽しんで生きてもらうために、お金を残してあげたいという気持ちは大切なことだと思います。こうした考えは、結構大勢の人たちに共感していただけるんじゃないかなと思ったのです。だけど、たくさんの人たちの想いをどうやって実現したら良いのか分からなかった。
■滴から大河の流れが生まれる
―どのようにして投信をやろうという考えにまとまったのでしょうか。
「滴から大河に」と渋沢栄一がよく言っているのですが、その「想い」を一人でぽとぽと垂れ流すのではなくて、どこかのお皿にまとめることで、大きなひとつの流れが生まれるかもしれないという考えが、コモンズ投信のベースになりました。田坂広志さんが最近、共感資本主義(※5)ということを言っているのですが、共感資本って、たくさんの人たちの想いをまとめたものじゃないかと思います。そのような「共感」によって成り立つ資本であれば、足元の業績ではなく、長期的な視点で企業を応援していくことができるのではないか、安定した長期資本を供給できるのではないかと思いました。
資本市場での仕事は、インベストメントバンクやヘッジファンドで経験を積んできました。私が所属していたインベストメントバンクは、トヨタやGEほどの規模ではもちろんないですけれど、それなりに人数がいる大企業でした。100年以上も前から築かれたブランドの下で、組織的に荒稼ぎをしている(笑)。そこを辞めて次に所属したヘッジファンドは、設立して10年、20年かもしれないけれど、創業者が目の前にいました。また、非常にフラットな組織でした。トップは絶対的だけれども、組織は文鎮型に横に広がっている。上下関係はあっても、すごくシンプルです。少人数でしたが、それでもこんな大きな仕事ができるんだ、と非常に魅力を感じました。ヘッジファンドでの経験から、ファンドビジネスは中小企業でも始められるものなんだなと思いました。ある意味、ヘッジファンドは金融業界におけるベンチャーです。プライベートエクイティファンド(※6)もそうですよね。
コモンズでは、投資信託を提供しているのですが、当時は「投資信託はなかなかベンチャーではできないな」と思っていました。けれども、澤上篤人さん(※7)という先導してくれた方がいらしたので、できるかもしれないという思いを抱きました。
―澤上さんとの出会いが、コモンズ投信の立ち上げに影響したということですね。
加えて、私が愛していたヘッジファンド業界が機関化してしまったことが大きいです。ヘッジファンドはレバレッジがかかる業態で、運用の成功報酬や手数料が魅力的でした。以前の業界は、職人で組織されたベンチャーの集まりだったのですが、2000年頃から、高い報酬に目をつけた人がたくさん入ってきたのです。投資家も90年代までは個人の富裕層や基金などが主流で足の長い資本でした。ところが、2000年以降、機関投資家が入ってきたことで、目先の実績を重視する資本が増えてきたのです。
多額の資本が流入してきて短期間にたくさん稼げるものですから、業界としても機関投資家に応えようという流れになった。2004年ぐらいから2006年にかけて、そうした業界の流れに対して、腑に落ちないところがありました。
しかし、ふと澤上さんの方に目を向けると、とても楽しそうにご活動されている。それも、投資信託という、まったくレバレッジがかからない事業によって。また、ヘッジファンドは、個人を対象にした場合、限られた人しかアクセスできないので、大勢の人たちが共感する想いを実現する方法としては、公募の投資信託にすべきだろうなという考えが具体化していきました。
コモンズを始めて、「渋沢栄一が言っていた『滴から大河に』を実践しているじゃないか」「渋沢栄一の『論語と算盤』(※8)みたいことをやっていますね」と言われたんです。意図してやっていたわけではないのですが、人に言われて後から気づいたのです。
※4 30年目線の超長期投資、30銘柄程度の厳選投資、個人投資家への直接販売による対話型投信等の特徴をもち、月額3,000円から積み立てできる投資信託。参照:
コモンズ30の特徴
※5 『目に見えない資本主義』(田坂広志/著)にて紹介されている新しい資本主義の概念。
※6 参照
※7 さわかみ投信株式会社 代表取締役 澤上篤人氏。さわかみ投信は、日本初の本格的な直販型投資信託会社。長期投資を掲げ、顧客の利益のために販売手数料ゼロ(ノーロード)、信託報酬もできる限り低く設定している。代表の澤上氏は、著書も多数執筆している。
※8 「論語と算盤」は、渋沢栄一の代表作。渋沢栄一が後進の企業家を育成するために、経営哲学を語った談話録。経営と社会貢献の均衡を問い直す不滅のバイブルというべき必読の名著。