佐々木俊尚氏インタビュー
[更新日2011/05/06]
「キュレーターによる情報革命 ~情報流通の今と未来~」第2回
聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎
■電子書籍を売るには、ソーシャルメディアのスキルが必要
― 2010年4月に『
電子書籍の衝撃』を上梓されて、どのくらい反響がありましたか。
7万部売れましたが、私の書くようなテーマの本は殆ど都市部でしか読まれないので、いわゆるマス向けのものとは全然違います。
― 本にも書かれていますが、電子書籍は今後どのようになるとお考えですか。
『
電子書籍の衝撃』(*10)は、まだiPadが発売されていない段階で書いたんですけど、その後iPadが発売されたにもかかわらず、日本ではまだiBookstoreがない。電子書籍のストアがきちんと立ち上がっていないがゆえに結局iPadもあまり売れない。購入した人にとっては、iPadを買ったけど何に使ったらいいかわからない。メールやツイッターをやるなら、普通にスマートフォンで十分だし、パソコンがあれば良いわけです。スマートフォンでもなく、パソコンでもなく、タブレット(*11)である必要性を考えると、通常は本を読めればいいよねとなるわけです。もしくは雑誌のWeb化されたものを読めればいいのですが、日本では両方ないので、iPadの利用が増えるかどうか分からないという状況になっています。いわゆる鶏か卵かじゃないのですが、上手くリンクできていない状況だと思うんです。雑誌については、日本ではiPad向けにたくさん出していますけど、PDFの域を出ていないので読みにくいんです。雑誌をわざわざ紙でなくPDFで見るのは輪をかけて不便なので、結局は売れていません。
そうは言っても、出版社はどんどん収益が悪化していっていますから何か手を打たなければならない。雑誌も売れなくなってきているし、マンガ雑誌も落ち込んでいます。それに、『
電子書籍の衝撃』に書いたような「本のニセ金化」(*12)現象が起きていて、自転車操業の負のスパイラルに陥っています。本をどんどん出していかないといけないわけですが、実質的に業績が落ちているという状況は相変わらずです。書店も減っています。もうにっちもさっちもいかなくなったので、電子書籍をしなきゃという機運だけは高まって、みんな電子書籍を始めているのです。
ところが、実際はほとんど売れていない。何で売れていないかというと、理由は2つあります。1つ目の理由として、タブレットが普及していないのが一番大きいですね。あともう1つの理由は、出版社側が電子書籍を売るスキルを全く持っていないということです。
今までの紙の本を売るには、新聞やなんかに出版広告を出したり、雑誌の編集部に献本して書評に取り上げてもらったり、あとは取次に営業したり、書店に営業したりと4つの方法があるわけです。でも、電子書籍はその4つの方法がいらないんです。一番必要なのは、それこそソーシャルメディア上で、一生懸命読者とやり取りをしながら、その中で情報を紹介していくという方法になります。そういったスキルを出版社は一切持ってないんですよ。どこで売ったら良いのか分からない。だから何百万円もかけて電子書籍の販売サイトを立ち上げたけど、何冊しか売れていないという笑えない状況が起きてしまっています。「もう既に電子書籍バブルは終わった」と言っている業界の人も結構いて、バブルも何もまだ始まっていないんだけど、「やったけど失敗したからやっぱり駄目だ」と言っている人がたくさんいるんです。
― 佐々木さんの本で、電子書籍になっているものを教えてください。
色々なっているんですけど、まともに売れたのは『
キュレーションの時代』と『
電子書籍の衝撃』だけですね。『電子書籍の衝撃』は9,000ダウンロードくらいあります。『キュレーションの時代』は、発売直後に地震が起きたのでちょっと失速してしまったけど、それでも2,500ダウンロードくらいです。『キュレーションの時代』の電子版は、JASDAQに上場しているpayperboy&co.(JASDAQ 3633)がやっている「パブー」(*13)という電子出版サービスを使って出しているので、印税は70%です。版元の筑摩書房さんを通さずに自分で電子化していますので、そのまま収入になっています。1冊あたり700円で売っているんですけど、500円くらいが収入です。要は2,500ダウンロードぐらいでもちゃんとした収入になるわけです。
■スマートフォンの方がタブレットよりも良いかもしれない
― もともとの10%という印税は、才能ある個人の方々や作家として独立されている方々にとって、条件が悪すぎるということでしょうか。
印税10%は、マス向けの本のためのモデルなんです。だから、何十万部はちょっと言いすぎかもしれないけど、十万部売れるなら印税だけで1,000万円近くなるわけですから、かなりいい収入になるわけです。ただ、今の本は、『電子書籍の衝撃』でも書いたけど、ビオトープ(*14)(生息空間)化していて、それこそ私の本なんかその典型です。都心部の本屋では山積みになっているので、「よく売れていますね」と言われるのですが、それは都心部だけなんですよ。地方は一切売れていない。高齢者にも読まれない。基本的には都心部の20代、30代、あとはメディア企業に勤めている人くらいしか読んでくれないので、平均して数万部くらいしか売れないんです。
そうすると、そういう人たちが東京の周辺にしかいないなら、全国に配本する意味があまりないということです。Amazonでは直ぐ品切れになってしまい、一方、地方の本屋に配本してそれが返本されて戻ってくるまで1ヶ月や2ヶ月かかるので、その間は増刷しないなんてことが起きているのです。結局、売り切れているのに増刷されないわけですから、ものすごく意味がない。だったら電子書籍化して、自分の本を読んでくれる何千人か何万人の人にピンポイントで届けてしまおうとなります。印税が70%とかであれば十分ペイするので、そういう仕組みの方がよっぽど良いんじゃないかと思うんです。エコですしね。
電子書籍での出版がいずれは中心になってくると思います。ただし、さっきもお話したようにタブレットがまだ普及していないので、そこをどう突破するのかということが難しいですね。既に普及しているので、スマートフォンで読めるようにするのも良いと思います。販売側としてもスマートフォンで売るのがいいんじゃないかという話もあるようですが、まだストアがないので、iPhoneはあるけどiPhoneで読む本を結局どこで買うのかという課題があります。今はApp Storeで単体のアプリとして売るという方法をとっているのですが、アップルが駄目とか言い出したりしてよく分からないことになっているので、流通方法も整理されないと電子書籍は普及してこないと思います。
― スマートフォンで書籍を読むのは、読みにくさはありませんか。
雑誌は辛いと思うのですが、文字だけの本だったら、むしろスマートフォンの方が読みやすいと思います。特に日本人は電車の中で読む人が多いので、片手で読める方が良いですね。『電子書籍の衝撃』の電子版を出すとき、最初はiPad未対応で、iPhoneだけのアプリだったんですけど、読んだ人から意外にサクサク読めたという反応をいただけました。その後1週間遅れで紙の本を出したら、こんなに分厚いんだと驚いたという人がいたんです。うまく作れば、スマートフォンの方がタブレットよりも読みやすいかもしれないですね。
[撮影:大鶴剛志]
*10 電子書籍については、佐々木氏の著書『電子書籍の衝撃』を含め、関連書籍をまとめた全巻を参照。
*11 携帯電話と比較して、大きめのディスプレイを備えた多機能型携帯端末のこと。アップルの「iPad」、アマゾンの「Kindle」、ソニーの「ソニータブレット」、サムスン「Galaxy Tab」などがある。
*12 出版業界に詳しいライターの永江朗氏が提唱。出版社は取次に委託した分の本の代金を、委託時に取次から受け取ることができるが、返本分の金額を返金しなければならない。返金を回避(相殺)するため、自転車操業的に新しい本を出版し続けている。
*13 オンライン上で誰でも電子書籍の作成、配布ができる個人向けサービス。有料配布する場合は、システム手数料として販売金額の30%が課金される。購読形式は、PC版、ePub版、PDF版の3種類。なお、シャープがXMDF3.0(次世代XMDF)形式の電子書籍を編集するための法人向けツールを2011年7月から無償化する等、電子書籍マーケット拡大のための動きが目立ってきた。
*14 生物の住息環境を意味する生物学の用語だが、マーケットを表現するために援用している。佐々木氏は『
電子書籍の衝撃』で、「現状の電子ブックの生態系はまだ書き手側のビオトープでしかない。そこで書かれた電子ブックを読者に届けるまでのモデルを構築することによって、電子ブックの生態系が正常に回るようになる」と分析している。
佐々木俊尚氏インタビュー
キュレーターによる情報革命 ~情報流通の今と未来~