嶋田毅氏インタビュー
[更新日2010/07/05]
「創造と変革の志士たち ~人をつくり、知恵を広げる~」第1回
聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎
■『MBAマネジメント・ブック』のイメージは参考書だった
― 最初の本を出されたのは、何年のことでしょうか。
最初の本は、私が入社した1994年に出した『
ファイナンシャル・マネジメント』という翻訳書です。グロービスの書籍の第一号なんですけれども、たぶんそれを知っている人は社内でもほとんどいません。
ちなみに、なぜグロービスが本をたくさん出していくことになったのかというと、当時、日本に良い経営学の本が無かったからなんです。戦略の本だったら、分厚いポーター(※1) の『
競争の戦略』や『
競争優位の戦略』をそのまま教科書に使っていました。マーケティングだったら、コトラー(※2)という有名な人がいるんですけれども、彼の『
マーケティング原理』という教科書は当時9,800円で、よく書けてはいても本当に分厚い。そういう教科書の翻訳版をそのまま使っていたんです。もちろん経営学が日本とアメリカでそんなに違うわけではないと思います。ただ、やはり翻訳書になると、どうしてもアメリカの事例が多いですし、読んでいて少し隔靴掻痒(かっかそうよう)の感がありました。日本の読者にとって、より読みやすい本をどんどん作っていきたいという思いは最初から持っていたんです。そうは言っても、書き下ろすというのはなかなか大変でしたので、最初は翻訳本を出しました。『
ファイナンシャル・マネジメント』は、堀がハーバードに行ったとき、最初に読んで、頭にすらすら入ったということで、彼の気に入った本をまず翻訳して出したんです。
その後、ベンチャーの領域に非常に力を入れていきました。その時に、あまり良いベンチャーの教科書がなかった。だったら、自分たちで作ってしまおうと考えたのです。ファイナンスですと、もちろん市場の環境とかは違いますけれども、経営学としての体系やエッセンスはそんなに変わるわけではないと思います。でも、ベンチャーの場合は、アメリカのものを翻訳しても、日本とは全然状況が違うんですよ。当時の日本の実情とアメリカの教科書の内容が乖離していたので、これは書き下ろすしかないということになったんです。そこで、いっそのこと、自分たちでケースを作りながら、そのケースを上手く転用して本にしようという企画が、ちょうど私が入社した頃に若干動き始めていたんですね。外部の人間も含めてプロジェクトチームを作って、入社後しばらくしたらいきなり、「じゃぁ、嶋田さんこのプロジェクトリーダーやって」と言われました。いかにもベンチャー企業でありそうな話ですよね。それまでに本を書いたことがあったわけでは全然ないんですけれども、プロジェクトをきっかけに本に携わることになったのです。
― オリジナルを出していくことになったのは、日本のベンチャーの特殊性が背景にあったんですね。
そうですね。元々、あらゆる科目で教科書が少ないんで、自分たちで作ってしまおうと考えていたところ、特にベンチャーがその乖離度が大きかったんです。そこで、書き下ろしの第一号として、『ケースで学ぶ起業戦略』というベンチャーの本を日経BPから1994年12月に出しました。その次に、書き下ろしで出版したのは『ベンチャー経営革命』という『ケースで学ぶ起業戦略』の第二弾的な本です。あと、研修教材を上手く活用した形で走らせていたのが『
MBAマネジメント・ブック』(※3)でした。
1995年に出たのがこの『
MBAマネジメント・ブック』と『ベンチャー経営革命』だったんですけれども、マネジメント・ブックは、私が入社する直前くらいから、大手通信会社向けの研修教材として少し動き始めていて、ショートケースも同時に作ったんです。研修テキストと言いますか、教科書がなかったので、戦略、マーケティング、アカウンティング、ファイナンス、人的資源管理といった経営の主だった分野で、コンパクトにまとめた教材を作ろうとしました。同時に出版社に話を持ち込みました。マネジメント・ブックについて、堀は「イメージしたのは参考書だ」とよく言います。参考書って、見開きで本当に見やすく作られているものが多い。ある意味、経営学の参考書といえるような、そういう分かりやすいものを作りたいなと考えていました。出版社との話を進めつつ、一方では実際の研修教材を作っていて、それを本に仕上げ、ダイヤモンド社から出版したのが1995年のことでした。
― 最初の反応はいかがでしたでしょうか。
最初は、ダイヤモンド社の社内で、特に営業の方がこんなの絶対に売れないと言っていたらしいです。こんなニーズは多分ないだろうと。でも出してみたら、良い意味で期待を裏切って大ヒットした。MBAの経営学に対するニーズが高いんだなということが、そのときに初めて分かったわけです。最初は総論的なマネジメント・ブックを出して、その次に、アカウンティングの本やマーケティングの本を出しました。
実は、『
MBAマネジメント・ブック』を作った時点から、これをMBAシリーズという形でシリーズ化していこうという企画が初めからあったわけではないんです。アカウンティングの教科書、マーケティングの教科書については、別々に出すことを考えていました。アカウンティングの教科書を作るときは、同じダイヤモンド社のなかでも、マネジメント・ブックを出版した編集部とは違うところに企画を持ち込みました。ところが、突然、担当の人がお亡くなりになるという不幸があったんです。そのため、アカウンティングの教科書の企画が、マネジメント・ブックの編集部に引き継がれることになりました。それで、『
MBAマネジメント・ブック』も売れたことだし、アカウンティングの本のタイトルは『
MBAアカウンティング』にしましょうということになったんです。最初から狙ったわけではなくて、多少の偶然が作用したと感じています。その後は、どちらからともなく、このMBA関連のものを出していけば、ニーズが掘り起こせるんじゃないかということで、シリーズ化していくことになりました。
それから10余年を経て、現在ではアカウンティング、マーケティング、ファイナンス、経営戦略など計14冊で120万部が出ています。2,800円(本体価格)という価格は、非常に高価で、通常のビジネス書の倍ぐらいになります。10数年かかっていますけれども、毎年10万部ぐらいは動いていますから、大ヒットシリーズと言えると思います。アカウンティングを1996年、マーケティングを1997年に出版したんですけれども、その頃から、「出版はもう嶋田さんに任せたから」ということになりました。
当時はまだ、スクールのカリキュラムだとか、コンテンツ全般を担当しながら、出版のビジネス化を手掛けました。その後、会社がどんどん大きくなり、さすがにもう全部見切れなくなってきたので、いろいろなディビジョンが出来てきました。そのなかでは、出版は飛び道具と言いますか、たくさんの人にリーチすることができる事業です。100万人単位に教えるというのは、なかなかできませんけれども、100万人に本を読んでいただくことはできなくはない。ビジネス書だと数万部いけば結構なヒットだと言われますけれども、本当に大ヒットすると数十万部という単位になります。本が1冊ヒットすれば、それだけ多くの人に経営の知恵を届けることができますし、そうしていきたいという思いで、今は出版をメインで担当しています。
[撮影:大鶴剛志]
※1 マイケル・ポーターについては、下記を参照。
※2 フィリップ・コトラーについては、下記を参照。
※3 2010年6月末時点で、MBAシリーズは、最初の『MBAマネジメント・ブック』から数えて14冊が出版されている。累計120万部のベストセラーとなった。グロービスの書籍については、下記を参照。