渋澤健氏インタビュー
[更新日2010/05/02]
「次世代に紡ぐ想い。~滴から大河に。渋沢栄一の教え~」第4回
聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎
■当事者意識を伝える「論語と算盤」
― 手を取り合うところは手を取り合った。ただ、資本主義に対する考え方は違ったということですね。渋沢栄一が近代資本主義に果たした役割というのは、今の時代に与えているメッセージとして、何が一番大きいと思われますでしょうか。
「当事者意識」ということではないかと思います。「論語と算盤」って何かというと、道徳と経済ですよね。決められたルールで行動しなさいという「HOW TO」ではなくて、「在り方」を示しているわけじゃないですか。「在り方」というのは、まず理想があって、自分をどうやってその理想に近づけていくかを意識してやりなさいということを言っているのです。
時代背景を考えてみますと、当時の商人というのは、毎日都合よくコロコロと考えが変わっていました。海外に輸出をしている企業のなかには、偽物を送ってしまったりするようなところもあったようです。同業者が偽物を輸出したために、自分は一生懸命やっていたにも関わらず同一視されてしまった、という実業家の話もあります。日本から来るものは、みんな不良品だと思われてしまったのです。
最近では、中国の餃子の話がありますけど、実際はそうではないにも関わらず、中国の食べ物のすべてがダメだと思ってしまうじゃないですか。当時は、日本からアメリカに物を持っていくと、同じように思われていたんです。だから、一人ひとりの商人が日本の道徳をきちんと意識して商売をしよう、と呼びかけたんです。そうしないと、自分だけじゃなくて、国全体の信頼が損なわれてしまうと訴えました。まさに、当事者意識じゃないかと思うのです。一人だけが良ければよいということではなくて、一人の行動がみんなに影響を与えるんだと説いているわけです。だから、一人ひとりが集まって創られた「資本」というのも、そこに参加している一人ひとりが当事者意識を持たなければいけないと思います。
『
論語と算盤』は、実はアダム・スミス(※23)の『
国富論』と同じことを言っていると思っています。アダム・スミスと言えば、自由主義、つまり「見えざる手」のことを思い浮かべますよね。だけど、ほとんどの人が認識していないのではないかと思うのですが、アダム・スミスは道徳哲学者として世に出てきたんですね。確か、『国富論』の17年前に『
道徳感情論』を書いていて、そこで「シンパシー」という言葉を使っています。これまでお話をしてきた「共感」を表わす言葉です。アダム・スミスは、道徳をベースとした上で、規制がなく、自由に動ける人たちがいる経済社会では「見えざる手」が富をつくると言っているのだと思います。
アダム・スミスのことを言う人のなかには、自由のところだけを考えていて、土台となる道徳のことを見ていない人がいるんですよね。このことは、渋沢栄一が言っていた、算盤だけではなく、論語というベースとなる道徳がないとだめだということと同じですよね。
僕自身は、経済に道徳を持ち込むという主張は、渋沢栄一が最初に考えたことではないと思っているのです。おそらく、昔から商業が発達してくる過程で、「相手をだましてはいけない」「自分だけ分捕ろうとしてはいけない」と言われていたんじゃないかと思います。一人ひとりが当事者意識をもって全体をつくるということを考えることは、とても大事なことだと思います。
■「ヒューマンアーカイブ」を創りたい
― 最後に、影響を受けた3冊と今後のビジョンを教えてください。
一つは『
生命の暗号』です。著者の村上和雄先生(※24)とは、すごく縁を感じています。本を購読したきっかけは、日経新聞の広告でした。よく農耕民族と狩猟民族に区別して、日本人は農耕タイプとか言われますよね。私は外資系にいましたけれども、日本人のDNAを持ちながら狩猟タイプで成功する人が周りにたくさんいたので、どうも腑に落ちなかった。環境が違うだけじゃないのかなと思っていたら、この本でも同じことを言っていたのです。良いDNAをつくるには、良いDNAのスイッチをオンにしましょうと書いてありました。良いかどうかは、スイッチがONかOFFかの違いでしかないと。良いDNAのスイッチをオンにするためには、自分を良い環境におきましょうというのです。いつか、お会いしたい方だなぁと願っていたら、その数年後、経済同友会の委員会に講師としてお話しされ、隣の席だったので、「サインをください」と本を差し出しました(笑)。それから数年後、『致知』という雑誌に村上先生の対談コラムが掲載されていて「いつか対談したいな」と思っていたら、なんと致知から連絡が入り、村上先生が私と対談したいと。うれしかったです。
二つ目が『
GOOD TO GREAT』。日本語でいうと『
ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』。「なんで世の中にグッドはあってもグレートカンパニーがないんだ」ということが最初のページの一行でした。「それは、ほとんどの会社がグッドになろうとしているからだ」という答えに惹かれました。
あとは『
論語と算盤』にしましょう(笑)。守屋淳さんのは、すごく噛み砕いてあるので、原著と比べるとわかりやすいですね。
― 渋澤さんの今後のビジョンをお伺いできればと思います。コモンズ投信がライフワークになっていかれるということでしょうか。
実は、コモンズはやりたいことの半分なんですよ。論語と算盤の両輪でいうと、「算盤」なんです。もうひとつのやりたいことは、「オール日本コミュニティトラスト」を創ることなんです。ロックフェラーやビル・ゲイツ(※25)じゃなかったとしても、一人ひとりがMY基金、つまり自分の基金をつくることができるという構想です。たとえば、50万円くらいで基金がつくれるように。普通は、基金をつくるのは大金持ちとしか考えなく、後世にお金を残す手段として基金をつくると考えます。でも、重要なのは金額の大小ではないと思います。ある程度仕事を通じて社会で活躍してきた人でしたら、基金をつれる仕組みをつくりたいのです。
そうすれば、将来、誰でも自分の孫や曾孫に、こういうお祖父ちゃんがいたねって伝えていくことができるのでないかと思います。私の場合、4世代前に16人ほど大切な人がいました。その一人が渋沢栄一で、もう一人は栄一の奥さんの千代。でも、他の14人は知らないんです。そんな前の世代にどんな人がいたか知らないのが普通です。
しかし、我々の時代だと、インターネットやサーバーがあるので、世界が絶滅したら話は別ですけど、「こういう時代に渋澤健という人が生きていました。MY基金を持っていて社会貢献していましたよ」ということが比較的簡単に残せるんです。私はこういう時代でこういう風に生きていましたという「ヒューマンアーカイブ」です。
もしかしたら、基金の規模は50万円かもしれない。でも、その50万円をコモンズファンドに投資して、そこから毎年5%を寄付しますと。ファンドを毎年5%以上で回していけば、元本は少しずつ大きくなっていきますよね。そうすることで、寄付という「超長期投資」として後世の社会に還元する仕組みができるんじゃないかと思うんです。
― 壮大ですね。
ちょっとお金があって、たくさんの想いがあって、サーバーさえ確保できれば、そんなに難しいことではないと思います。
― 基金というのは、財団ですか。
財団です。普通、財団というのは誰かのまとまったお金で設立するイメージですよね。アメリカでは、コミュニティトラスト(財団)というものが結構あります。日本でも大阪コミュニティ財団(※26)というところがあるんですけれども、日本における公益法人の考え方では、なかなか難しいところもあるのではないかと思います。独自に仕組みを創ってもいいのかなと思っています。
― なるほど。色々なお話をしていただき、本当にありがとうございました。
壁に飾られている写真は、渋澤健さん(写真左側)と吉野永之助さん(写真右側)が撮影されたものだそうです。
[撮影:大鶴剛志]
※23 アダム・スミス。スコットランド生まれ、イギリスの経済学者。主著に『
国富論』。近代経済学について著してある。古典派経済学の入門書として現代でも読まれている。
※24 日本の分子生物学者。筑波大学名誉教授。農学博士。1983年に、高血圧を引き起こす原因となる酵素「ヒト・レニン」の遺伝子解読に成功。パスツール研究所やハーバード大学を抑えての快挙であった。主著に『
スイッチ・オンの生き方』『
こころと遺伝子』など。
※25 ビル・ゲイツについては、ビル・ゲイツ全巻を参照。
※26 大阪コミュニティ財団とは、国内第一号で、2010年4月現在、日本で唯一のコミュニティ財団である。マイ基金(My Fund)やアワー基金(Our Fund)として、名前や目的、寄付額を思いのままに決めることができ、「自分/自社の財団」を持つことができる。