佐々木俊尚氏インタビュー
[更新日2011/04/28]
「キュレーターによる情報革命 ~情報流通の今と未来~」第1回
聞き手 / PE&HR株式会社 代表取締役 山本亮二郎
― 毎日新聞時代は、記者としてどのような仕事をされていたのでしょうか。
新聞社では、社会部の事件記者をしていました。警視庁担当です。十数年の記者生活の中で、阪神大震災、オウム真理教事件、酒鬼薔薇聖斗事件と呼ばれた神戸連続児童殺傷事件をはじめとする一連の少年事件がありました。扱うテーマが大きいというか、社会に対するインパクトが大きいので、新聞としては大々的に取り上げるのですが、新聞記者の仕事は「今日誰を逮捕するか」とか「犯人は誰だ」とか、結局はいかに特ダネを押さえるかという方向に行ってしまうわけです。記者として一生懸命やっていましたけど、個人的にはあまり面白くありませんでした。第一に、新聞記者かどうかであるよりも、物事が起きる仕組みとか制度設計の問題とかをもっと明らかにしたいという気持ちが強くて、事象の分析や解析をするような仕事(*6)はあまりなかったものですから、実は新聞記者という仕事が途中からだんだん好きじゃなくなってきたんです。
それと、とにかく忙しかったですね。オウム真理教事件の時は本当に酷かった。警視庁捜査一課担当だったので、捜査一課の警部、警部補、あるいは巡査部長あたりを、「夜討ち朝駆け」と言って回るんですよ。刑事さんたちの家まで行くのですが、家が遠い方が多かったので、大宮とか飯能とか下手すると土浦までハイヤーで行って帰りを待つわけです。24時を過ぎてもなかなか帰ってこない。0時半とか1時とかになって漸く帰ってくるので、それから話を聞いていました。当時、私たちは警視庁の記者クラブで会議をしていましたから、深夜に話を聞いた後、再び警視庁に戻ってきていました。打ち合わせを終えて、自宅に着く頃には夜中の2時を回ることもしばしばでした。地方公務員法に守秘義務違反というものがあるので、表向きは刑事から情報を取ると、その刑事が情報漏洩したことになり犯罪になります。そのため、昼間は刑事に接触してはいけないんです。だから結局、朝と夜、出勤間際と帰宅間際に話を聞くしかないので、朝方も夜と同じように、家まで話を聞きに行っていました。朝一番で家を出るときを狙って会いに行くのですが、それがまた早いんですよ。早い人は6時くらいに家を出ます。そうするとこちらは5時には自宅を出て、警察の人の家の前で待機していなければならない。深夜2時に帰ってきて、朝5時には自宅を出ますので、1日2時間睡眠くらいでした。それだと生きていけるわけないので、移動の車の中で寝たり、昼間に椅子で仮眠取ったり、細切れで何とか3、4時間の睡眠を確保していました。そういう生活が、半年くらいは続きましたね。
警視庁とか東京地検みたいな事件官庁と言われるところの事件を担当する記者は優遇されていて、取材期間中は大体1人に1台ハイヤーがつきますから、特権的に見えるのですが、やっている方は身を削るようでした。
― 会社勤めを辞めて独立される時、どのような経緯、思いでいらしたのか教えてください。
先ほどお話したように、新聞社では物事を掘り下げて分析したり、解析したりするような、私がやりたい仕事ができませんでしたので独立を考えるようになったのですが、新聞記者はフリーになっても、まず大体うまくいかないんです。新聞社はよく職種のデパートと言われまして、イラストレーターとか編集者とかデザイナーとか全て社内で抱えているんです。深夜に発行するから、即応できる体制でないといけないのです。外注に出すと納期が何日とかかかり、納期まで何時間という世界では間に合わない。だから、外注に出す仕事って一切ないんです。つまり、新聞記事には外部のライターがほとんど入っていない。そうすると、辞めても新聞社から仕事が来ないんです。一方で出版社は、基本的に社員編集者はほんの少ししかいなくて、割りと膨大な数の外部のライターとかフォトグラファーとかイラストレーターとかがいて、そういう人たちが仕事をしているんです。当時色々調べると、出版業界のほうがフリーランスは食べやすいということが分かり、新聞記者からいきなり独立すると多分食べていけないので、出版社に一旦就職した方が良いと思ったのです。自分の得意分野で、知り合いが少しいたので、それでアスキーに入ったんです。
『月刊アスキー』に2年半くらいいました。その後、今はなくなってしまいましたが、『アスキー24』というニュースサイトに移って、それで辞めて独立しました。新聞社を辞めたのが38歳の時なので、独立したのは41歳のときです。
[撮影:大鶴剛志]
*6 このような報道を調査報道という。調査報道とは、事件や社会現象について、警察・検察、行政官庁、企業等からの情報だけに頼らず、自ら掘り起こした問題点を独自に取材調査して報道すること。ニューヨークタイムズの「ウォーターゲート事件」が有名。2010年春には、ニューヨークの調査報道専門NPOプロパブリカのニュースサイトが、ピューリッツァー賞を受賞した。
佐々木俊尚氏インタビュー
キュレーターによる情報革命 ~情報流通の今と未来~