文盲の母、山の斜面ではいつくばるように暮らした幼少の記憶

2月 11日 | 投稿者:記者 | ベストセラー, 書評 タグ:
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母 オモニ母-オモニ-』(集英社、2010年6月)

姜尚中/著

政治学、政治思想史専攻の姜尚中氏は、東京大学大学院教授である。在日では最初の東大教授ではないかという。
在日二世である著者の母(オモニ)は完全な文盲だった。母は、鄙びた田舎の小作人の倅で日本に出稼ぎに行っていた父と、出生地である桜の名所鎮海(チネ)で見合いし、大東亜戦争勃発の年、再び日本に戻った父を追い16歳で新婚生活を始めた。場所は巣鴨三丁目だったという。母は日本語の読み書きができなかったばかりでなく、旧弊や植民地支配の差別の中で小学校にも行けず、民族の言葉すら知らなかった。
一方、満州事変の年に15歳で日本に渡った父は、母ほどの完全な文盲ではなかったが、どれだけの職と住処を転々としたかわからないほど、その青年期は流転の日々だったという。

1950年、著者は両親が戦後移り住んだ熊本の在日韓国・朝鮮人集落で生まれる。集落は万日山(まんにちやま)のなだらかな傾斜地にはいつくばるようにしてあり、粗末なバラックに百世帯以上の人々が肩を寄せ合うように暮らしていた。亡き母に捧げる本書と、自身の青年期を綴った『在日』(集英社文庫、2008年1月)には、地の群れのようなどん底の生活を、養豚やヤミのどぶろく作りで血眼になって生き延びた、在日一世たちの姿が克明に描かれている。
著者が五歳の時、どぶろく作りの装置があった粗末な小屋が税務署の一斉摘発にあう。数台のトラックが山道を登ってくると、母は立ちふさがり、大きな石を投げつけた。窓ガラスは割れ、トラックは立ち往生を強いられる。その場で泣き崩れ、警察署に連行される母の姿が、著者の目に焼き付いている。

容赦のない貧しさ、文字すらもない世界、そして激しい差別の中で、学問を続け高名な政治学者になっていく著者の胸に宿る想いとは何か。そして、母の一周忌を終えた頃、手紙を書けない母が著者にあてて吹き込んだカセットテープが届く。

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