異次元金融緩和の狙いと出口リスク

10月 21日 | 投稿者:T. H. | 書評
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978-4-480-06727-2著者の翁邦雄さんは、元日本銀行員であり、かつ経済学のph.D.を取得済みであるため、金融政策を理論的にも実務的にも語ることができる。その上、抽象的な経済理論をとてもわかりやすく、イメージが湧くように記述なさる方でもあり、経済学初学者にも手の届く本を書かれている。この「日本銀行」は、経済学を学んでいない人にもわかりやすいものであると思われる。そして、目下の黒田日銀総裁による金融政策への理解を深めてくれるため、ビジネスマンはもちろん、学生、主婦の方々にもお勧めの本である。

プロローグで、現在の世論は中央銀行の金融政策に過度な期待を寄せていることへの懸念を述べている。金融危機沈静化に多大な貢献をする輪転機の回転にも限界があるのだ、と。そして、シンプルで過激な主張が、慎重で断定を避ける主張より優勢になりやすく、それが今回の黒田総裁をはじめとするリフレ派の金融政策につながった、としている。以降の章では、中央銀行成立過程やその組織体制、金融政策の歴史などについて分かりやすく書かれている。ただ、私が特に重要であると考える点があるので、下記で述べていく。

 

この本の独自性は、中央銀行の行動は、中央銀行意思決定者の意識、トラウマにより決定される部分がある、ということを論じている点にある。

アメリカの中央銀行である連邦準備制度(Fed)は、1929~1932年のアメリカ大恐慌下の市民生活崩壊というトラウマと、1970年代のグレートインフレーション下の二桁インフレ率の持続というトラウマから、失業率とインフレ率に大きな関心を寄せた金融政策を行っている。

欧州では、一次大戦後に多額の賠償金を課されたドイツが、財政赤字下で資金調達のために国債を中央銀行に引き受けさせたことで悪性インフレを招いたというトラウマが抱えられている。そこで財政赤字のファイナンスを禁止するべく、欧州中央銀行に高度な独立性を付与し、物価安定に注力させている。

日本では、バブル崩壊後に進行したマイルドなデフレーションが、少子高齢化による実体経済収縮圧力と重なり、名目経済活動の伸びの鈍化と経済の停滞感を招いたというトラウマが抱えられていると思われる。経済活動停滞の結果である可能性が高いデフレが、逆に経済停滞の原因と捉えられてしまい、デフレから脱却さえすれば日本経済は復活するという主張につながり、今日の異次元金融緩和に至った、としている。

 

また、日本銀行が描いているインフレ「期待」醸成によるデフレ脱却のプロセスについても記述されている。

通常の経済では、金融緩和により金利が低下することで、総需要が総供給を上回るほど十分な需要を喚起できれば、インフレが発生する。しかし、日本のようにゼロ金利状態においては、金利を下げることができないため、金利低下による需要の喚起はできず、金融緩和だけではデフレからの脱却は不可能ということになる。ただし、金利にも様々な種類のものがあり、長期国債購入による長期金利引き下げ余地は限定的であるが、まだ残っている。

金融緩和による金利引き下げが厳しい状況下で、現在の日本銀行は大胆な金融緩和によるマーケットへの心理的ショックをもたらすことでインフレ期待を醸成し、実際にインフレを発生させることを狙っている。買いオペなどを通じて日銀が巨額のマネーを放出することで、マーケットに日銀のインフレへのコミットメントを確信させ、「インフレが今後起きる」と思わせ、インフレが起きる前の安い価格で財・サービスを購入させることで需要を喚起し、実際にインフレを起こさせる、予言の自己実現を図っているのである。

一方で、前グリーンスパン議長は、資産購入プログラムによるFedのバランスシート拡張とベースマネーの拡大がインフレ期待に影響を与えることは無い、という日本銀行とは正反対の見解を持って金融緩和を行っている。Fedとしてはインフレ率の不測の上昇は好ましくないため、このような見解を表明することで、インフレ期待を高めることを避け、実際にインフレ率の不測の上昇を避ける、という予言の自己実現を図っているのである。

このような日米中央銀行間の考えの相違は、経済活動が人々の意識、期待から多大な影響を受けていることを示している。つまり、デフレからの脱却ができるかどうかは、私たち日本で生活する人々にインフレ期待を持たせられるかどうか、という心理的操作にかかっている。

 

そして、無事デフレから脱却したとしても、物価安定を保つためには、財政健全化が不可欠であると述べられている。

2%を上回るインフレに達した時、日本銀行が2%インフレというコミットメントを守り続けるならば、金利引き上げにより景気過熱を抑制するだろう。しかし、金利引き上げは財政当局の利払い費増加と国債の下落、そして金融危機を招くこともありうる。特に日本は深刻な財政赤字を抱えており、僅かな金利上昇でも利払い費急増につながり、財政の持続可能性に対する信任を大きく損ないうる。

その場合、国債が暴落し、国債を大量に保有する国内の生命保険会社や銀行といった金融機関間で破たんが懸念され合い、短期金融市場におけるマネーが枯渇することで、健全な財務体質を持つ金融機関であっても資金繰りに失敗して破たんしてしまい、金融危機を招きうる。金融システム安定にも責任を持つ日本銀行が、物価安定を優先して金融危機を起こすとは考えにくい。つまり、深刻な財政赤字が金融政策の自由度を狭めてしまいうるため、2%インフレをデフレ脱却後も維持するためには、財政再建が必須である、としている。仮に2%インフレ達成時に十分な財政再建が行われていない時、日銀は2%インフレにコミットできず、市場参加者から大規模な国債購入は金融政策でなく財政ファイナンスのためであったと認識され、国債への信任低下と悪性のインフレを招くリスクをはらんでいる。

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